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2006年03月28日

裏話〜三年間〜5

研修所の1年も長かったけどデビューしてからの3年
かなり長かったような気がします。

三年の間はどうしたらいいのかわからない状態で
今村さんは「何でできんのか」とか「首になるぞ」が
口癖のようになってきて言われれば言われるほど
どうしたらいいのかわからなくなっていました。

でも今村さんは口で言うだけでなく身をもって指導して
くれました。
時には朝早くから練習に付き添ってくれたり
今村さんがレースの時は斡旋あきの先輩選手に指導を
頼んでくれたり、正月や盆の地元レースの時には
自分と斡旋を一緒になるように頼んでくれたり
いろいろと自分のために・・・

その一緒の斡旋の時、レース場では回りがびっくりするような
声で怒られたり以前にも書いたようなことや宿舎の部屋では
毎日のように怒られ、これだけ言われてもできない自分に
腹が立ち涙流しながら試運転した事や布団の中で涙を流した事も
たまにはありました。(言われている事はもちろん有り難いと
思っていました)

そんな有り難い話ではありますが正直な話・・最後には斡旋が
一緒になるのが辛かったです。
(今はそんなことないですが・・・)

これだけいやこれ以上の指導をしてくれた今村さんが言ったことが
いくら俺が言ってもやるか、やらんかは自分の事やから・・
それに言われてやって結果がでたとしてもそれは自分が
努力した結果やからその時は自信を持て」と言われ
それでも今の自分があるのは今村さんのおかげと思いつつも
今村語録の一つとして今も心もの中に残ってます。

裏話編明日も続けたいと思うのですが・・どうでしょう?

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y_kototaka at 22:01|この記事のURLComments(19)TrackBack(0)

2006年03月27日

裏話〜弟子入り〜5

本栖訓練所を無事に卒業して今村さんにお世話になる事
弟子入り)になりました。

理由は特にはなく同じ市内に住んでいて家が近いという事
だけでしたが・・・
他の選手も何人か今村さんにお世話になりたいと言ってきた
選手もいたようですが家が遠いという理由で拒まれて
自分が1番最初となってしまいました。

その1番弟子が何ともできが悪くレースに行けば5、6着ばかりで
今村さんには迷惑と心配ばかりかけていました。
あ〜とんでもない弟子を取ってしまった』と
思わせたことでしょう?

デビューした頃は仕事も少なかったので今村さんが休みの時は
毎日のように家に通ってプロペラを叩いてもらったり、
精神訓話を聞いたり、乗艇姿勢を指導してもらったりと
つきる事のないぐらい指導されました。

デビューした頃は自分の走りをレース場でビデオに撮ってもらい
今村さんに見てもらっても一節ぶんあるのに1、2レースぶん
見たら「なんかこりゃ〜」でいつも終わっていました。

なかなか成績の上がらない自分にくる日もくる日もプロペラを
叩いてくれていました。
今考えるとプロペラが原因で成績が悪かったわけではなく
自分の乗り方が下手なだけでしたが・・・
そういう今村さんの姿に何とか応えたいと思いながら
一生懸命になり3年が経った頃に成績が上向きに・・・

続きます・・・


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関連記事です。よかったら見て下さい。

以前の更新で−裏話1−

以前の更新で−裏話2−

以前の更新で−裏話3−

カウンター付けて10日目ですが、まもなく3661
カウントしそうで〜す(⌒_⌒)

y_kototaka at 21:30|この記事のURLComments(16)TrackBack(0)

2006年03月26日

研修所の厳しい訳?5

しつこいようですが今日もも少し言っておきたいことが
ありますので・・・タイトルは変えてみましたが・・・

研修所が厳しいようなことばかり書きましたが
実際に厳しくないといけない理由があるからです。

もちろん強い選手を養成するために厳しくするというのも
あるのですがそれ以上に大切なことがいろいろとあるのです。

まずは人身事故を起こさないためです。
ルールを守らずに6艇が好き勝手なレースをしていると
どれだけの事故が起こるかわかりません。
自分が選手になってからも、あってはならない死亡事故や
選手生命にかかわるような重症事故などが起きていますが
選手各々が気をつけていても起こってしまうもので
人身事故に関しては限りなくゼロに近くなければならないので
口を酸っぱくして言われます。

さらに競艇はお客さん大切なお金を賭けて頂いて成り立っています。
そのお金を無にしないためにもいろいろな面において
ミスがあってはならないのですが、選手も人間なので
これも ゼロとはいかずですがこれも限りなくゼロ
近づけるために・・・

こういうことも踏まえたうえで訓練に望めば厳しいものも
厳しく感じなくてすむところも少しはありましたが・・・
でもやはり厳しかったな〜

話は少し変わりますが自分は山口支部選手会の役員をしているので
今日の午前中は先日やまと競艇学校を卒業したばかりの
山口支部の新人選手を下関競艇場の各関係団体の方々に
挨拶回りに連れて行ってました。
競艇学校の事も昔ほど厳しくないみたいな口調でしたが
それでも場違いと思った子は1日で帰ったらしく
今の時代の子にとってはやはり厳しいところがあるのでしょう?

午後は下関競艇日本モーターボート選手会会長杯争奪戦競走
というタイトル競走の優勝戦で本来なら選手会会長の
野中和夫会長が来られて表彰式をするところですが公務のため
自分が代役を務め優勝した花田和明選手に表彰状とトロフィーの
贈呈してきました。(何か変な感じ・・・
そのレース、花田選手は4コースからすばらしい捲り差しを決めての
優勝で本人もかなり嬉しそうにインタビューを受けていたのが
印象的でした。
生のレースを見ると自分も早く走りたくなってきました。


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y_kototaka at 21:31|この記事のURLComments(12)

2006年03月25日

続・本栖訓練所5

昨日は訓練での厳しいところなどを書きましたが
生活面でもいろいろあったので・・こっちの方が面白いかも?

訓練所の朝は毎日6時起床で寒風まさつや教練で1日が始まり
(冬の本栖は凍り付くような寒さで朝日も昇る前なので
裸で外に出るのは結構辛かったですけど・・気合いで
8時から昼までは乗艇訓練をして昼からは整備などの訓練を
していました。

そんな1日の中で自由時間みたいなのは1時間程度で
その自由時間の間にみんなとお菓子を食べたりテレビを見たり
家族に電話をしたりして唯一気の抜ける時間と思いきや
訓練所には至る所に監視カメラが付いていて
何か行き過ぎたことをしていると教官から呼び出しをくらい・・
全然自由時間じゃないって感じ・・

お菓子も1週間に2回の購入で1人いくらまでと決まっていたので
つい食べ過ぎると1週間もたない・・
(今村さんの頃はお菓子売ってるのにお菓子買わせて
もらえなかったらしく・・ほとんど嫌み・・)
電話も1週間に2回ぐらいで1時間で電話待ちの人が
たくさんいたら何分も話せなくて・・・
自分は嫁さんと付き合っているさなかで訓練所に入ったので
電話できる日は楽しみでしたが後ろに人がたくさん待っていると
すぐに切らなくてはならなかったのでそれがとても辛かったです。

こういった楽しみも誰か1人でも決まり事を破るような
ことがあれば全体責任で禁止令が出ていました。
場合によっては退所もあったのでヘマはできませんでしたね。

訓練所で外の空気をすえるのは正月と盆の5日ぐらいの休みと
1日外出といってバスで市街地まで行って自由行動がありました。
昔、正月休みに家に帰ってそのまま訓練所に戻ってこなかった人も
いたみたいでその気持ちは自分にもわかりました。
1日外出ではほとんど食べ歩きツアーみたいなもので
日頃食べれそうにないものをここぞとばかりに食べて帰って
2、3キロは太らせていたので体重検査までにまた減量したりと・・

いろいろありすぎた1年2ヶ月なので書けばきりがないので
面白そうな話はこのへんで・・・
これ以上書くと教官に怒られる〜かもしれないので・・・

訓練所の話は昨日で終わって卒業後のことをと思っていたのですが
明日以降のお楽しみに・・・


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本は好きなんでジャンルをとわず読みますが
漫画はどうしても好きになれなくて読んだことないけど
受験のことや 本栖のことなども書いてあるみたいで
自分のブログの内容とどれぐらい違うか確かめて
     みてください。


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y_kototaka at 22:07|この記事のURLComments(13)TrackBack(0)

2006年03月24日

本栖訓練所5

昨日の続きになりますが・・・
試験に合格して本栖訓練所に入るまでの道のりは
かなり困難でした。

中には1回で運良く合格する人もいれば年齢制限の関係ですが
10回すべて受けて合格しなかった人もいて
その人はとてもかわいそうだなと思っていました。

自分達の73期のころで1500人前後受験して合格したのは
50人ちょっとで卒業できたのは27人でした。
競争率はかなり厳しいと思いますが訓練の方も・・・

自分達の頃は訓練の養成方針が変わり
それまで1年間の養成期間だったのが1年2ヶ月になり
タダでさえ長く感じるのにさらに長く感じました。
今までの人生の中で一番長〜い1年でした

最初にいた50人以上の訓練生も最初の1、2ヶ月で
20人ぐらいは帰ってしまいました。
最初の1ヶ月はボートに乗せてもらえることはなく
体力作りと称してボート運び、モーター運びや
教練(敬礼や行進など軍隊並み)のことばかりで
できが悪いと罰がまっていてその罰に耐えられずに
自分から帰ったり、帰らされたりで次は自分の番かな?とも
思ったりで気の抜けない日々で精神的には鍛えられました。

ボートに乗り始めてからも何かミスをすれば罰がまっていて
冬時期は毎日のように凍るような寒さのなかで訓練が行われ
はっきり言って辛い思いしかありませんでした。

自分は高校時代は野球部で名門校だったので
練習や上下関係の厳しさは学んでいたので
体力的な部分ではそれほど辛いと思ったことは
なかったのですが精神面はかなり辛かったです。

現在は、福岡県のやまと競艇学校で訓練が行われていますが
本栖のような寒さはなく、また今の訓練生達に昔のような
訓練をしてたら訓練生がいなくなってしまうらしく
訓練を厳しくできないとか・・・
それでもそれなりに厳しいでしょうけど?

こんな厳しい訓練を受けながら1年2ヶ月間切磋琢磨した
同期は師匠の次ぐらいに頼りになります。


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y_kototaka at 21:43|この記事のURLComments(25)TrackBack(0)
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(H25.2.1現在)
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